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藤原 公任(966-1041)
藤原 公任(ふじわら の きんとう)は、平安時代中期の公卿・歌人。藤原北家小野宮流、関白太政大臣・藤原頼忠の長男。官位は正二位・権大納言。小倉百人一首では大納言公任。『和漢朗詠集』の撰者としても知られる。 経歴 祖父・実頼、父・頼忠ともに関白・太政大臣を務め、母(醍醐天皇の孫)・妻(村上天皇の孫)ともに二世の女王。また、いとこに具平親王、右大臣藤原実資、書家藤原佐理がおり、政治的にも芸術的にも名門の出である。関白の子として、天元3年(980年)に清涼殿にて円融天皇出御の元で元服して、異例の正五位下に叙せられるなど、将来が期待されていた。理髪は藤原遠度、加冠は左大臣・源雅信が務めたが、天...
この人物の情報
schema:alternateName | フジワラ キントウ |
schema:name | 藤原 公任; 藤原公任; 四条, 公任 |
schema:abstract | 藤原 公任(ふじわら の きんとう)は、平安時代中期の公卿・歌人。藤原北家小野宮流、関白太政大臣・藤原頼忠の長男。官位は正二位・権大納言。小倉百人一首では大納言公任。『和漢朗詠集』の撰者としても知られる。 経歴 祖父・実頼、父・頼忠ともに関白・太政大臣を務め、母(醍醐天皇の孫)・妻(村上天皇の孫)ともに二世の女王。また、いとこに具平親王、右大臣藤原実資、書家藤原佐理がおり、政治的にも芸術的にも名門の出である。関白の子として、天元3年(980年)に清涼殿にて円融天皇出御の元で元服して、異例の正五位下に叙せられるなど、将来が期待されていた。理髪は藤原遠度、加冠は左大臣・源雅信が務めたが、天... |
schema:birthDate | 966 |
schema:deathDate | 1041 |
schema:description | 貴族 |