イロニーとしての戦後教育

諏訪哲二 著

肥大するエゴに怖いものはない。つねに己れの利益と感情しか認識の対象とならぬ「自我」にとって、いかなる「ことば」が有効なのか?戦後民主教育の限界を視すえ、権力存在としての教師をこえる「具体アクション」と「集団による事業」をとおしての個の自立をうたう、辛口実践論。

「BOOKデータベース」より

[目次]

  • 私体験としての戦後教育
  • 学校認識の変革のために(「しつけ」の構造
  • 「学習」の構造
  • 「説得」の構造
  • 「自我」の構造)
  • 戦後派教師はいま何をしているか-かつての同志Nさんへの手紙
  • 左翼教育論の終焉-教育改革と教育現場の関係について
  • 教育認識の変革をめざして(教育を嗤うものは教育に躓く-個性尊重主義のまやかし
  • 「教育の自由化」に未来はあるか-臨教審「自由化」論者の憂国
  • 教師バッシングはいつも正しいか-高校中退問題の原因を考える)
  • 実践は詩を拒絶し、詩と並びたつ(教師になりきるとはどのようなことか
  • 生徒との出会いをもとめて
  • 関係の形成をうながす授業のスタイル
  • 教師の倫理性について
  • 実践の苛酷さ-私と私の生徒たち)

「BOOKデータベース」より

この本の情報

書名 イロニーとしての戦後教育
著作者等 諏訪 哲二
書名ヨミ イロニー ト シテノ センゴ キョウイク
出版元 白順社
刊行年月 1989.10
ページ数 294p
大きさ 20cm
NCID BN04105582
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全国書誌番号
90044121
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言語 日本語
出版国 日本
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