我々が聴くのは、つまるところ、批評意識としての現われとしての音楽なのであり、けっして音符の忠実な再現としての音楽なのではない。その意味で、優れた音楽家の演奏の歴史はもっとも優れた音楽の批評史である。演奏家は、世界でもっとも孤独な、そしてその孤独の中にこそ喜びを見出す批評家を、自身の内部に飼い続けなければならないだろう。孤独だと言うのは、彼等の自由は楽譜という必然によって縛られており、しかも演奏家という存在が華やかであればあるほど、彼等の内なる批評性はカーテン・コールの騒音にかき消されるからであり、喜びだと言うのは、その必然の中にこそ彼等の自由があるからである。音楽批評の新たな地平を切りひらく気鋭の論考。
「BOOKデータベース」より