いまから四十年も前に産・官・学が一体となり、広く国民から支持されてスタートしたYS11の事業だが、グローバル化がキーワードになっている現在から見れば、それは貧しくて経済力もなかった当時の日本が、いきなり"グローバルスタンダード"を獲得しようと挑んだドン・キホーテ的ともいえる試みだったのである。量産して世界十二カ国のエアラインにも輸出を果たしたが、大赤字を出し、「今後も改善の見込みはない」として生産は中止された。戦後最大の航空機プロジェクトで、「技術的には成功したが、経営的には失敗した」と一言でかたづけられたYS11の事業を振り返る時、そこには今日、学ぶべき負の教訓もいたるところに見いだすことができる。
「BOOKデータベース」より